株式会社IT VALUE EXPERTS(IVE)代表取締役。特定非営利活動法人itSMF Japan理事、広木共郷様からの寄稿です。
2020年6月現在、現在世界的に拡大した新型コロナウィルス(COVID-19)がもたらした危機について、世界中の人々が感染者数、死亡者数、退院者数などのデータを日々見ながら状況判断をしている。これらのデータはデジタル化され、世界中に公開されており、そのデータから多くの仮説が立てられ、世界中の産・官・学で様々な検証が進んでいる(例:他国と比較した場合の日本の死亡者数の割合の少なさの要因の究明等)。 もちろん、重大な危機の状況であるがゆえということはあるが、ここまでの規模とスピードで、世界中の人々が同じデータを見て、考え、行動している状況は有史以来初めてと言えるのではないか。
これは近年のデジタルテクノロジーの急速な進化によるところが大きい。デジタルテクノロジーにより、グローバル規模かつリアルタイムでのデータの生成、収集、統合、共有、可視化、活用が可能になっている。また、多くがオープンデータとして一般に公開され、データが民主化されてきていることも要因として挙げられるだろう。
今回の危機を通じて、多くの人々が日々データに触れ、データの重要性を改めて認識したことは、ビジネスでのデータの活用という点においてもプラスに働くのではないかと考えている。本稿では、2回に分けて、ビジネスにおけるデータ、特にIT運用データにフォーカスし、その活用の方向性について論じる。第一回では、データ活用を取り巻く環境変化を整理した上で、日本企業においてIT運用データが活用されてない現状とその課題について掘り下げ、第二回では、IT運用データを活用してビジネス貢献をしていくためのポイントを提示する。
始めに、ビジネスにおけるITとデータの位置づけについて考えてみたい。企業においてITが活用されるようになってから半世紀以上が経ち、その間、ビジネスとITの関係性は大きな変化を遂げている。
ITの黎明期は「業務効率化のためのツール」としての側面が強かったITが、「ビジネスの実現要因(Enabler)としてのIT」となり、近年ではデジタルトランスフォーメーションの時代を迎え「ビジネスと一体化したコアとしてのIT」になってきている。 「ビジネスのためのIT」という基本的な立ち位置は変わらないものの、その存在感は徐々に増してきていると言える。
ITはその言葉の成り立ち(Information Technology)からわかるように、そもそも情報のための技術である。情報とは「データに関連性と目的を与えたもの」(P.Fドラッカーの定義)であり、ITにとってデータは不可分な要素である。ITシステムの活用の拡大に追従する形で、多くのデータが生成され、そのデータがまさにビジネスのコアとして、ビジネス上の意思決定において幅広く使われるようになってきている。
ビジネスでのデータ活用として思い浮かぶのはいわゆるプラットフォーム企業である。米大手IT(情報技術)企業のGAFAにマイクロソフトを加えた「GAFAM」。5社の株式時価総額の合計はコロナ禍を機に東証1部上場企業のそれを一気に上回った。(日本経済新聞記事) これらの企業はプラットフォームに蓄積される膨大なデータを活用して、圧倒的な競争優位を築いている。
IT運用データを含むデータ活用を取り巻く環境の変化について整理してみたい。
企業活動において扱われるデータは急激に増加している。それに大きく寄与しているのが、IoT(Internet of things:モノのインターネット)の進化である。IoTはあらゆるデバイスがネットワーク上で繋がり、コミュニケーションすることで新たなビジネスモデルが生まれる「ゲームチェンジャー」になりうる存在である。このデバイスの増加に伴って、デバイスが生成するデータも増加し続けている。
また、これらのデータの多くはクラウド上で扱われるようになることも大きな変化である。2022年までに、企業により生成されるデータの50%以上は、データセンターの外部またはクラウドで作成/処理されるようになる(ガートナー)との予想もある。データがクラウド上に配置されることで、これまでとは異なる形でデータが活用されていくことも想定できる。
データ分析・活用のための技術も進歩している。リアルタイムでの分析や、詳細な時系列分析も従来よりも容易になってきている。また、従来のモデルドリブンの仮説検証型の分析だけでなく、データドリブンの探索型の分析も可能になっている。さらに、ディープラーニングの進歩はデータの活用方法を根本から変えていく可能性を秘めている。
リーンスタートアップに代表される新たなビジネス価値創出のアプローチが一般化してきている。最初からすべての要件を取り込まず、MVP(Minimum Viable Product)を市場に早期に投入し、顧客からのフィードバックを受けて反復的・継続的にサービスを改善していく。
このアプローチにおいては、価値が付加されるフェーズがこれまでのビジネス開発とは異なる。サービスをリリースした後の運用フェーズで価値が付加されていくので、これまで以上に運用フェーズにおけるデータの重要性が増していく。
これまでIT運用のデータはそれほど重視されて来ていなかったが、今後はIT運用で蓄積されるデータがITの中だけでなく、ビジネスにとって重要なフィードバックを提供する時代が来ているのである。
ここからは、IT運用データ活用の現状と課題についてまとめてみたい。
まず、企業において実際にどこまでデータが活用されているのだろうか?
構造化データで意思決定に実際に活用されているものは平均50%未満、非構造化データについては多少なりとも分析あるいは利用されているものはわずか1%未満と言われている。データ全体量の内、非構造化データが80%を超える比率を占めていることを考えると、構造化データを含めても実際に活用されている割合は極めて低くなる。
こちらのブログ記事でも日本のデータ活用の成熟度の低さはデータとして示されている。 IT運用のデータの観点でもほぼ同じことが言えるのではないだろうか。「IT運用データを業務の中で活用できているか?」という問いに「できている」と胸を張って回答できるケースは極めて少ないと思われる。弊社ではこれまで、CMMIベースの成熟度モデルを活用して多くの企業のIT運用の成熟度を診断しているが、データが活用され始めるLevel 4以上に到達している企業はほとんどないと言って良い。
データ分析、データ活用はあくまでもビジネス成果を継続的に生み出すための手段の一つである。企業はデータを活用してビジネス貢献ができているのだろうか?
ガートナーによれば、現時点で活用可能なデータからビジネスに十分な成果を得られているかを尋ねたところ、「十分に得ている」という回答はわずか3%、「ある程度得ている」という34%を加えても合計で37%という結果となり、利用可能なデータから何らかのビジネス成果を得ている企業は、全体の3分の1に過ぎない。
IT運用データの観点では、上記よりもさらに数字は厳しいものになるのではないか。IT運用データを用いた改善が回っている場合でも、改善のためのフィードバックループがIT運用の中に閉じており、小規模な内部改善にしか生かされず、ビジネス上の成果にまでつなげられていないケースが多いと考えられる。
IT運用データが活用されない、その結果としてビジネス上の成果につなげられない原因として、筆者は3つの「不足」があると考える。
最初にミドルマネジメントを含むマネジメント層のIT運用データの活用に関する認識が十分でない点を挙げたい。あらゆるマネジメント業務の基盤はデータであり、マネジメントがマネジメントとしての業務を遂行するためには、いくらデータがあっても足りないはずである。 弊社の経験でも、ビジネスに貢献できている組織のマネジメントは例外なくデータ活用への意識が高い。その組織がどんなデータを管理しているかを見れば、ビジネス貢献の度合いは容易に判断ができる。
一方で、未成熟な組織においては、そもそもデータを産むためのプロセスが標準化されていなかったり、収集されたデータを定型レポートとして出力することで満足し、分析されないことも多い。アウトソーサーが提示する「標準SLA」をそのままその組織のKPIとして用いているケースもあり、残念ながらそこにマネジメントとしての意思は感じられない。
IT運用データは質、量ともに十分でない点もビジネス貢献につなげられない原因である。量の面では、(1-1)で論じた意識の問題もあるが、ITIL®等のベストプラクティスが適切に活用されておらず、プロセス活動のデータがそもそも蓄積されない点も挙げられる。
また、データを蓄積するためにはツールは不可欠であり、昨今は一定規模以上の組織であればITSMツールが採用されている。しかしながら、プロセスとツールを導入することで手一杯で、データの設計が十分でないままサービスインし、結果としてIT運用データがいつまで経っても蓄積されないケースもある。(データがないのでフィードバックもされない。)質の面では、データのオーナーが不在で、データが資産として管理されていないことが挙げられる。業務が技術領域ごとにサイロ化しており、かつ個別にアウトソーシングされていることでデータが散在し、データが活用できる状態になっていない。
データは記録されていても、これまでの様々な経緯からサイロ化され、かつ複雑に絡まった運用モデルのせいで、組織全体として見ると使い物にならない(追加工数が膨大に必要になる)データになってしまうことも多い。
日本のIT組織は度重なるITコスト削減により、IT運用組織はギリギリの要員体制で回しているケースが多く、このことが、リソース、スキル両面で悪影響を与えている。「日々の運用業務が多忙でデータ分析どころではない」「運用部門にいるので外部でスキルを磨く機会がなかなか得られない」等は良く現場で聞く話である。特に、ミドルマネジメント層以上のメンバーが外部に出て客観的に自社の状況を見る機会が少ないことは危機的な状況だと考える。
そのような状況では、分析の観点を磨くことも、分析スキルをつけることも困難である。 実際に、高度なツールを利用しているにも関わらず、データが記録されているだけで、分析機能を十分に使いこなせていないケースは非常に多い。
これまで説明したようにIT運用データ活用の環境は整っている一方で、企業におけるIT運用データは現時点においてはその活用度、ビジネス貢献度いずれの観点においても改善の余地が大きい。その原因はマネジメントの認識、データの質・量、スキル・リソースなど多岐に渡っており、一足飛びに改善できるものでもない。 では、IT運用の領域におけるデータ活用やビジネス貢献はそもそも期待できないのであろうか。筆者は適切なデータのマネジメントとそれを支えるプラットフォームがあれば、十分に期待できると考える。
第二回ではIT運用のデータの活用によるビジネス貢献について具体的に考察してみたい。
広木共郷氏 プロフィール:
大手外資系ITアウトソーシング会社の日本法人にて、ITオペレータ/エンジニアとして複数顧客のインフラ、アプリケーションの運用保守に従事。現場での業務改善経験を基に本社部門企画スタッフとして、ITIL®等のフレームワークを用いた運用業務標準化、また、コンサルタントとして顧客のITサービスマネジメント推進を支援。
2008年にコンサルティングファームに転職し、ITサービスマネジメントプラクティスのディレクターとして、多くの企業のIT組織変革を支援。 2017年にITマネジメントの変革に特化したコンサルティング会社である株式会社IT VALUE EXPERTS(IVE)を起業し、IT/デジタル変革に取り組む組織と個人を支援している。
ITサービスマネジメントの普及団体である特定非営利活動法人itSMF Japan理事。
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